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異次元緩和策にしがみつく日銀

先日、出身企業のOB会に出席した。筆者が課長時代に入社し部下として配属された連中が、もうOBとして出席していた。そこで「では、ゴルフでもするか」と声を掛けたところ、「ゴルフは退職と同時に止めました」と言う。まだ60代前半で、老けこむには早い年齢であるが、彼らの生活設計(ライフプランニング)では、ゴルフをするほどの経済的余裕はないと言うのである。

彼らが言うには、年金のインフレ上昇率と生活必需品の物価(インフレ)上昇率との乖離が非常に大きいので、15年後の年金の購買力は、現在に比べ半減する。だから将来に備えて年金の一部を預金しないと、80歳代で生活はパンクすると言う。国債はマイナス金利なので、金利収入はゼロに近いが預貯金となる。株式購入もあるが、株価は今が高値、アベノミクスの破綻が明白になると暴落すると言う。

私ごとで恐縮だが、退職後、自宅近くのゴルフ練習場の会員となり、毎朝、「朝練」と称して通った時期があった。その時、同世代の大手企業OB約20人のゴルフ仲間が出来た。それから暫くの間は仲間がどんどん増え、一時は40人を超えた。だが、何時頃からか、櫛の歯が欠けるように仲間が減り出した。先日、久しぶりに練習場に顔を出したら、月1回のコンペに、最近は20人も集まらないというのである。

新しいゴルフ仲間がなかなか増えない時、65歳まで定年延長したのが原因だと思ったのだが、そうではなかったようである。定年退職後、豊かな老後生活を楽しむはずの企業OBが減ったのである。つまり、ゴルフをしなくなったのである。こういう所に、本物の中流階級ではないが、「中流意識」を持ち、日本の消費(=需要)を支えた階層において、大きな消費意識の変化を見るのである。

1ドル80円の時代に、多くの企業が海外に生産拠点を求めた。1ドル120円になったからと言って、海外拠点を畳んで日本に帰って来ることはない。同様に、日本の需要を支えていた、本物の中流階級ではないが、「中流意識」を持った階層の消費意識が変わった。決して昔のような消費行動を起こさなくなった。それにも拘わらず、日銀の黒田東彦総裁は、依然、金融政策でインフレを誘導できると思いこんでいる。

黒田日銀は、これまでの日銀の政策を全否定することから始まった。これまでの日銀は、ベースマネー(中央銀行が供給する通貨)の量とマネーストック(世の中に出回るお金の総量)の関係は、いくらベースマネーを供給しても、マネーストックは伸びない、というものであった。処が、黒田日銀はこの考えの逆張り、ベースマネーを大量に供給することでデフレ脱却を目指した。だから異次元緩和である。

黒田氏は、日銀が大量にマネー(資金)を供給すれば、銀行もこれに従って貸し出しを増やすと考えた。市場に大量の資金が供給されると貸出金利が下がる。金利が下がると、企業は設備投資をするとも考えた。だが、企業経営者は需要がない限り設備投資はしない。この企業経営者の根本的な経営哲学を全く失念していた。この辺りに、机上の理論だけで、実務経験に疎い官僚出身者の限界が出ているのである。

黒田氏が日銀総裁に就任してから3年後の今年3月までに、日銀のベースマネー(通貨供給量)は2.7倍に増えたのだが、一方、マネーストック(資金需要量)は僅か8.4%しか増えなかった。日銀が市場に供給した資金は、結局、周り回って、日銀の当座預金に流れ込んで来た。それはそうだろう。日本の消費(=需要)を支えていた階層が消費意識を変えたのだから、市場に需要が起きてこないのである。

「金は天下の回り物」と言う諺がある。本来の意味は「貧富は固定しない。今、貧しいからといって悲観するな、まじめに働いていればいつか自分のところにも回ってくる」という励ましの意味を込めた諺である。だが、「お金は、人から人へ次々と移動することによってこそ、価値がある」との解釈もある。この解釈だと、お金が日銀と銀行との間をぐるぐる回っている異次元緩和政策は失敗ということになる。

それでも黒田日銀の政策に合格点を与える学者先生がいる。その一人、浜田宏一エール大学名誉教授・内閣官房参与は、「為替は円安に向かい、株価は黒田日銀発足時に比べれば十分上昇している。現状の1ドル112円前後の為替は日本企業が困る水準ではない。物価は、食料とエネルギーを除く消費者物価指数で判断すべきで、それは1%程度であるから、まだ改善の余地があるが、85点だ」と言う。

また、伊藤隆俊コロンビア大学教授は、「黒田総裁は就任以来、2%のインフレ目標を実現するために一貫して行動し、ぶれずにコミットしている。物価の動向は、食料とエネルギーを除く消費者物価指数を見ると、1%前後で推移しており、デフレからは脱却している。また、原油安や鈍い賃金上昇などは予想外で、中央銀行(日銀)だけでは解決できる問題でない」と言う。そして100点をつけている。

こういう大学教授の下でテストを受けると、白紙以外は必ず合格点を貰えるだろう。黒田日銀が目指したのは、企業が設備投資をすることであった。それに引きずられて消費が拡大し、食料とエネルギーを除く「コアコアCPI(消費者物価指数)」が2年後に2%上昇するというものであった。つまり、日銀の印刷機が刷ったお札が、銀行から先の「天下」を回ることにあった。

浜田氏が言うように、確かに株価は黒田日銀発足時に比べ上昇した。だが、3年前の株価は、日本経済というか日本企業の業績に比べ低い水準で、株価上昇は時間の問題であった。処が、異次元緩和で、株価は日本企業の実力以上に上昇した。株価が一時的に上昇しても、その後下がってはまったく意味がない。日経平均2万円は、一種のバブルであったに過ぎない。そういう見方もできる。

伊藤氏は、消費者物価指数「コアコアCPI」を見ると、1%前後で推移しており、デフレからは脱却しているという。だが、浜田氏は「1%程度であるから、まだ改善の余地がある。1%程度の物価指数は、現実のインフレ率がゼロでも誤差の範囲で出てくる可能性がある」と言っている。1%前後でデフレから脱却と言うのは、おそらく伊藤氏だけだろう。当の黒田氏も苦笑いしているに違いない。

この政府お抱えの御用学者は黒田日銀にエールを送るが、肝心要(かんじんかなめ)の「お金が天下を回っているか」については、まったく触れていない。その点、黒田日銀に批判的な立場の経済学者は厳しい。浜矩子同志社大学教授は「日銀は政府専用の金貸し業者になり、アホノミクスの一員に成り下がった」と言う。さらに「どうして物価目標が2%なのか」という根本に触れている。まさに正鵠を射ている。

そもそも消費者物価指数「コアコアCPI」とは何か。消費者物価指数は食料、エネルギー、生鮮食品、教育関係費、教養娯楽費などなどをもとに算出し、その数値から物価変動を知る。このうち、価格変動の大きい食料とエネルギーを除いた指数が、物価指数を把握し易いとして使われる。それが「コアコアCPI」。だが、低所得者にとっては、消費とは電気・ガスなどのエネルギーと食料品なのである。

さらに言うならば、低所得者にとっては、インフレよりは生活必需品の価格が安定ないし低下傾向にあるデフレの方が有難いのだ。処が、この4月から円安による原材料の高騰を理由に、多くの食品企業が値上げを打ち出している。「ガリガリ君」を25年ぶりに値上げした赤城乳業が、その値上げを謝罪するCMを流したが、景気低迷化の値上げに対する消費者の反発を、それほど恐れているのである。

お抱え学者が黒田日銀を評価するのが、その志向した目的、即ち、設備投資による企業の活性化、賃金の上昇による消費拡大とそれに伴う物価上昇等々の成果ではなく、一時的な株高と円安による輸出企業の収益改善に過ぎないのは何故か。それは、もともと異次元緩和策は「アベノミクス」の第一の矢と位置づけし、景気が良くなったとの印象を国民に与えることだけが目的であったからであろう。

学者先生が評価する円安・株価上昇。自国通貨が「安くなる」ことを以って「良し」とするこれらの経済学者は、本物の経済学者だろうか。本来為替レートとは購買平価力を示すものであるが、経済がグローバル化したことにより、経済のファンダメンタルや、通貨間の金利差などの要素によって、通貨そのものが金融商品化した。本来、日本経済が強くなれば円高、弱くなれば円安になる。それが正常な姿なのである。

今の日本経済を回復させるには、金融政策だけでは出来ない。資源の無い日本の経済構造の基本は「加工貿易」にある。日本経済が高度成長した時期に帰れと言っているのではない。この経済構造の基本を忘れるなということである。そして今、経済学者や政治家が真剣に考えるべきは、高い学力と勤勉な国民性に支えられた日本の産業が有する高度の生産・開発技術を、どのように有効に生かすかである。






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